【 GOMA 『記憶』展 】
今日、自分はGOMAくんのライブに行ってきました。
ここで少し説明をさせていただくと彼はミュージシャンで
ディジュリデュというオーストラリアの先住民の楽器を吹きます。
そう。
あのブホーって吹くやつです。
彼のライブには何度か遊びに行かせてもらいました。
ステージにはたくさんのエフェクターが並んでいて
彼はその機材を巧みにあやつり、どのお客さんも激しく踊っていました。
そのときの僕は
「ほぉ...こんなに原始的な楽器で電気を通すとこんなグルーウ゛が出来るんだ...」
と、舌を巻いていたのを思い出します。
(ついでに正直に話すと自分はそのときグルーウ゛に置いてかれていました)
そのGOMAくんが事故に遭い
高次脳機能障害という障害を持ってしまったという報せを
去年の年末に友人から聞きました。
自分はその初めて聞く言葉に驚き、色々と考えては結局
「今は自分からは連絡を取らないほうがいいだろう...」
という結論に達しました。
連絡はGOMAくんの奥さんからありました。
お招き頂いた小さな会場でのライブ。
ライブ前の奥さんの言葉が体に染み込みました。
ライブはアコースティックのライブでした。
会場の柱でGOMAくんの顔はよく見えなかったけれど
彼の息がよく聞こえました。
ライブが終わってドキドキしながら自分はGOMAくんに挨拶をしました。
覚えているかわからないけど自分は君と友達だよ。
「ああ!良二くん。前に買わしてもらったサングラス、今もかけてるよ。
あれなんか丁度フィットしてええねん」
と言ってくれました。
その彼の個展が明日から開かれます。
アボリジニの表現手法でもある点描で描かれた絵には
彼が事故と向き合い、立ち直ろうとしている必死の時間があります。
是非、観に行ってください。(場所は青山、D&Gを曲がってフロラシオン青山を曲がった所です)


本間良二
(西野の旅も好調のようでなによりです。
みなさん本当にありがとうございます)
【 アデノウイルスと主夫 】
無事に旅路から戻り、平穏という日々を軽い虚脱感とともに過ごす。
僕は溜っていた仕事を東京でチャクチャクと片付けては、またつぎの旅を思案している。
つまりは日常に戻ったということだ。
息子にいたっては毎日仲間と連絡を取り、
呆れるほどの勢いでプールや公園へと出掛けている。
彼はまだ彼なりの小さな旅の途中だ。
そんなある日息子が言った。
「オレ、なんかダルい...」
めずらしく弱気な発言に驚きながら熱を測ってみると39度近くある。
早速近くの小児科で診てもらうことに。
診断は「アデノウイルス」に感染。
いわゆる「プール熱」というやつである。
まぁ、ゆっくり安静だな...
なんて高を括っていたのが大間違いだった。
この「アデノウイルス」は抗生物質が効かないらしく、医者も処方しない。
よって治療法は熱が引くまでひたすら唸りながら待つしかないのだ。
しかも感染力が強く、結局ヨメと末っ子に感染してしまった。
5人家族で3人が感染した我が家は、家庭というものの機能を失った。
感染者の3人は本当に辛そうだ。
製氷機はオーバーヒート状態、というか間に合わない。
迫り来る感染の恐怖。
やはり目に見えないものって恐い。
「人生には特別な日がふたつある。それは誕生日と病気の時よ」
これは僕ではなく、ヨメの人生哲学。
まぁ悪くない言葉だ。
ヨメがダウンするのもめずらしいので僕はこの言葉に習い、
しばらく主夫になることに決めた。
朝起きて朝ご飯つくって
「あら、もうお味噌がないわね。今日の買い物リストに入れとかなくっちゃ」
買い物に行って
「おネギが安いわぁ!でも冷えピタは薬局で買ったほうがよさそうね」
とか、やっている。
ここ数日ですっかり頭の中はゴミの日と冷蔵庫の中のレイアウトが中心となってしまった。
8月中に執筆予定の原稿などはどこ吹く風である。
それにしても洗い物はエンドレス。
ゴミもエンドレス。
飯もエンドレス。
生活(人生)はまさにエンドレスですな!ハッハッハッハッハ!
と、笑うしかないくらいの忙しさ。
この3つの作業を真面目にやっていると
『ア』 っっっっっっっっっっッという間に一日が過ぎていく。(ヤキトリヤイキタイ...)
仕事とはまた別のエネルギーを消費して疲れるものの、
果物を切って出してあげる時の家族のリアクションには
何とも言えない主夫の喜びを感じる今日この頃。
皆さんも気を付けてくださいよ。
「アデノウイルス」相当強烈です。
【 ALOHA 】

ALOHAでございます。
わたくし来シーズンのALOHAシャツの研修旅行に来ています。
早速ですが、結論から申しますとレーヨン100%の本場のALOHAシャツの心地良さは、
やはりここでしか味わえないのかもしれません。
なので、日本の湿気に耐えうるALOHAシャツの開発に向けて、まずはENJOYでございます。
BIG ISLANNDが育む大自然の鮮やかな色彩や様々なマテリアルは、
そこに住む人々の精神にしんなりと染み込み、とても豊かです。
その精神を海や山や町で観察して、わたくしなりのALOHAを追求してみようと思います。
【 イメージの交差 】
いやね...
最近、本と映画をよく観ているんですよ。
最初はCDジャケットのデザインを頼まれて、
スタイリングとか撮影方法とか、デザインとか色々考えていくうちに
イメージがどんどん膨れていって、仕舞いには予算上げてもらって
映像も撮らせていただくことになっちゃったんですよ。
もちろん、そんな人サマの映像を監督するなんて生まれて初めてですよ。
こっちは段取りも撮り方もわからない、言ってみれば素人同然。
それじゃ、見様見真似ってことで、自分が印象に残っている映像を
DVD借りてひたすら観まくったんです。
「何でこのシーンが心に残っているんだろうか?」
ってな具合に...
で、実際観てみると、これが面白いのなんのって、全然わかんないの。
肝心の何で印象に残ってるんだかが...
でも、ひとつだけ気付きました。
私が借りてるのは、ぜんぶ伊丹十三さんの作品だったんですよ。
わかったのは、それだけです。
で?
あぁ。そうそう、撮影収録はですね。
これがもう、大変なんてもんじゃないですよ。
都内のロケでね。
せっかく、晴れの日ねらって収録日にしたのに、バケツひっくり返した様な
大雨で中断しちゃうは、その雨でCDラジカセ壊れちゃうは...
(それでは音と映像をあわせられません)
そのときの私の頭の中はクリエーションなんて、そんなカッコいいものじゃなくて、
「もし、今日が中止になったらこのスタッフを全員、いつに集められるだろうか?
締め切りに間に合うだろうか?」
ってことばかり考えていましたよ。
ほんとに、何年振りかに胃がキリキリと痛みましてねぇ...
これは多分、映画なんてものを一本撮ったとしましたら、きっと5歳くらい老けちゃいますね。
ほんとにお勧めしませんよ...
映像は。
でもね...
私は今こう思うんですよ。
私たちはイメージの中に生きています。
私たちの世界は、それはもうイメージだらけの世界ですよ。
アナタの近くにあるもの、例えばボールペンはそこにありますか?
そのボールペンは誰かがイメージして具現化したものです。
「こうしたら、ものが描けるんじゃないか、描きやすいんじゃないか」
といった具合にです。
これはその具現化したイメージ(ここではボールペン)が、
用途というモノ本来の意味も持ち合せていることが定義されます。
すべてのモノは誰かのイメージによって製作されて、
その用途すらもイメージされています。
そう思うとアナタの家の中には、イメージされていないモノはないはずです。
(アナタは違います。アナタ自身は誰のイメージでもありません)
その制作者のイメージに、使用者である私たちはイメージを重ねてそのモノを使用しているに
過ぎないのです。
「このボールペンの先を紙に押し付ければインクが出る」といった具合に。
しかし、その制作者のイメージは100%使用者に伝わることはありません。
その理由は、もしかしたらそのボールペンを何万本も使って自分の家を建てる人が
出てくるかもしれないからです。
それこそが制作者側から一方通行にイメージを受け取らない、
言わば「イメージの交差」となる瞬間なのです。
面白いですよね。
だから、イメージってヤツはやっかいでやめられません。






